「あの人はできているのに」と思ってしまう人へ。

秋の朝、庭に出て木々のあいだの空を見上げている人
庭の木は、となりの木と、すこし離れて立っています。
近すぎると、枝がぶつかって、どちらも育ちにくくなるからです。

秋になると、人と会う機会が増えます。
そして、比べる心も、いっしょに動きはじめます。

今日は、その心を消す話ではなく、置き場所の話をしたいと思います。

01秋は、人の輪が増える季節です

朝の空気が入れ替わって、庭に出るのが気持ちのいい季節になりました。

隣り合う株の葉をそっと分け、それぞれの伸び方を確かめます。同じ場所にいても、背丈や葉の向きは違います。地面の下で根がどう広がっているかは、外からは見えません。

夏のあいだ日陰でじっとしていた植物が、また少しずつ伸びはじめています。人の暮らしも、似たところがあるように思います。

新学期が始まり、仕事が動きだし、集まりの誘いが増えます。しばらく会っていなかった人の近況が、まとめて耳に入ってくる時期です。

あの人は資格を取ったらしい。あの人は新しいことを始めたらしい。あの人の子どもは、あの人の仕事は、あの人の暮らしは。

それを聞きながら、心のどこかが、ちくりとする。

そして帰り道、自分にこう言います。「比べたって、しかたないのに」と。

その自分への小言も含めて、秋のはじまりによくある景色だと、私は思っています。

02比べてしまうのは、弱さではありません

まず、ひとつだけお伝えしておきたいことがあります。

比べてしまうことは、あなたの性格の欠点ではありません。

人が自分の位置を知ろうとするとき、まわりを見て測るという方法をとることがある。心理学の分野には、そういう考え方があります。地図のない場所で、まわりの木の高さを見て、自分の背丈を知ろうとするようなものです。

つまり、比べる心は、あなたが劣っているから起きるのではなく、自分の居場所を知ろうとするときに、自然と働くもののようなのです。

それなら、消そうとしなくても、いいのだと思います。

問題は、比べたことではありません。比べたあとに、「だから私はだめだ」と、もうひとつ余計な文をつけ足してしまうこと。そちらのほうが、心を疲れさせます。

たとえば、こんな順番で進みます。

近況を聞く。心がちくりとする。その一秒後には、もう自分の分の答え合わせが始まっている。この半年、私は何をしていたっけ。あのとき動いていれば。そうやって、聞いた話とは関係のないところまで、話が広がっていきます。

ちくりとしたところまでは、反応です。その先の答え合わせは、習慣です。

そして習慣のほうは、変えられます。

比べた。そこで、いったん止まる。

それだけで、ずいぶん違います。

03近すぎる木は、どちらも育ちにくい

庭づくりの話を、すこしさせてください。

木を植えるとき、いちばん気をつけるのは、間隔です。

近すぎると、根が同じ土をうばい合います。枝が重なって、下の枝に光が届かなくなります。どちらも弱ってしまうのです。よかれと思って寄せて植えた木ほど、数年後に困ることになります。

人との関係も、これに似ているように思います。

比べてつらくなる相手は、たいてい、遠い人ではありません。

まったく違う世界の、まったく知らない人と自分を比べて眠れなくなる、ということは、あまり起きないのではないでしょうか。心がざわつくのは、境遇が近い人です。同じ時期に始めた人。同じくらいの年齢の人。似た立場の人。

近いから、比べられてしまう。それは、あなたの心が狭いのではなく、距離が近いというだけの話です。

そして距離は、性格と違って、あとから調整できます。

おもしろいのは、近いということ自体は、悪いことではない、という点です。

同じ時期に始めた人がいるから、続けてこられたということもあります。似た立場の人がいるから、言わなくても分かってもらえることもあります。近さは、支えでもあるのです。

だから、切り離す必要はありません。必要なのは、いまが近すぎるのか、ちょうどいいのかを、ときどき測ってみることだけです。

庭師は、木を抜きません。枝を透かして、光の通り道をつくります。

ひとつの視点

「比べないようにしよう」と決めるのは、木に「隣を気にするな」と言うようなものかもしれません。木はどうにもできません。変えられるのは、木の心がけではなく、木と木のあいだの間隔のほうです。

04見えているのは、手入れが終わったあとの庭です

もうひとつ、思い出しておきたいことがあります。

私たちが見ているのは、たいてい、その人の庭の「よく撮れた一枚」です。

花が咲きそろった朝に、光の向きを選んで撮った写真。枯れた枝を落としたあと、落ち葉を掃いたあとの、いちばんきれいな時間。

そこには写っていないものがあります。

咲かなかった年のこと。虫にやられた夏のこと。水やりを忘れて、しおれさせてしまった鉢のこと。土を入れ替えた日の、腰の痛みのこと。

写真には、手入れの時間が写りません。

それなのに私たちは、自分の庭のほうは、雑草も虫食いも、全部知っています。手入れの途中の、いちばん散らかった状態を、毎日そばで見ています。

完成した誰かの一枚と、途中の自分の全部。この二つを並べれば、どちらが見劣りするかは、比べる前から決まっています。

比べて落ち込んだとき、あなたの庭が貧しいのではありません。並べるものの種類が、そもそも違っていたのです。

これは、誰かが嘘をついているという話でもありません。

いい一枚を選んで見せるのは、ごく自然なことです。私だって、庭の写真を撮るなら、枯れた枝は画面の外に置きます。悪気があるわけではなく、見せたい景色を選んでいるだけです。

ただ、受け取るこちら側が、それを「その人の毎日」だと思ってしまうと、話が変わってきます。

見えているのは一枚。見えていないのは、その一枚を撮るまでの、たくさんの平日です。

垣根のすきまから、となりの庭の光がやわらかく差し込んでいる様子

05ちょうどいい距離は、壁ではなく、風の通り道

では、距離をとるというのは、その人を遠ざけることでしょうか。

私は、そうではないと思っています。

庭の境目にあるのは、たいてい、高い壁ではありません。低い垣根です。

垣根は、視線をすこしやわらげます。でも、風は通ります。声も届きます。花の匂いも、越えてきます。向こうの庭が見えなくなるわけではなく、まぶしすぎない明るさで見えるようになる。それが垣根の役目です。

人との距離も、同じように置けたらいいなと思うのです。

その人を嫌いになる必要はありません。連絡を絶つ必要も、心のなかで悪く思う必要もありません。ただ、まぶしすぎるときに、すこしだけ視線をやわらげる。それだけで、息がしやすくなります。

たとえば、見る回数を減らす。見る時間帯を変える。会ったあとに、ひとりの時間をすこし置く。どれも小さなことです。でも、木と木の間隔が数十センチ変わるだけで、光の当たり方が変わるように、暮らしの手ざわりは変わります。

ここで、ひとつだけ、問いを置かせてください。庭を歩きながら考えるように、ゆっくり読んでみてください。

SHITSUMON いま、あなたがすこしだけ距離をとりたいのは、
どの木でしょうか。

名前が浮かばなくても、かまいません。「あの時間帯のあの画面」くらいでも、じゅうぶんです。

どの木か分かれば、間隔はもう、変えはじめられます。

06距離を整える、小さな手入れ

大がかりな庭の改造は、いりません。

手入れというのは、ほんとうは地味なものです。伸びすぎた枝を、すこしだけ切る。落ち葉を、ひとところに寄せる。その積み重ねで、庭は変わっていきます。

距離の手入れも、同じくらい小さくてだいじょうぶです。

距離を整える、小さな手入れ

  • まぶしい相手の投稿を見る時間帯を、夜から昼に移してみる
  • 比べたあとに続く「だから私は」の一文を、そこで止めてみる
  • 集まりのあと、まっすぐ用事に向かわず、ひとりで歩く時間を10分つくる
  • 自分の庭で、この半年に伸びたものをひとつだけ思い出す。小さくてかまいません
  • それでもざわつく日は、「今日は近すぎたな」と言って、その日は終わりにする

いま、あなたがすこしだけ距離をとりたいのは、どの木でしょうか。

今日の問いのカード|答えは一語でかまいません

浮かんだものを、責める必要はありません。距離を変えることは、その相手を否定することとは違います。あなたの根が、のびのびと張れる場所をつくる。ただそれだけのことです。

ひとつだけ、書き添えておきます。

この手入れは、うまくできたかどうかを採点しないでください。

「今日は見ないでおこうと思ったのに、見てしまった」。そういう日は、必ずあります。それも含めて手入れです。庭の手入れも、雨の日は休みます。休んだ日があっても、庭は荒れません。

手入れを続けている人と、していない人の違いは、休まなかったことではなく、また戻ってきたことのほうにあるのだと思います。

手入れをしたからといって、明日すぐ、比べる心が消えるわけではありません。

それでも、間隔が変われば、光の入り方が変わります。光が変われば、育ち方が変わります。半年後の庭は、たしかに違うものになっているはずです。

夕暮れの庭で、低い垣根ごしの風をながめながらひと息ついている後ろ姿

07あなたの庭に

秋は、人の庭がよく見える季節です。

空気が澄んで、遠くまで見通せるようになる。それは、いいことでもあり、すこし疲れることでもあります。

見えてしまうのは、あなたの視線が意地悪だからではありません。ただ、季節が澄んでいるだけです。

だから、見えたときは、こう思ってみてください。今日は遠くまで見える日だ、と。そして、視線を自分の足もとに戻してください。

あなたの庭では、この半年のあいだにも、何かが確かに伸びています。目立つ花ではないかもしれません。根のほうかもしれません。根は、地面の下で伸びるので、誰にも見えません。あなた自身にも、見えません。

見えないものを、育っていないことにしないでいただきたいのです。

この季節、庭の木は花を咲かせません。かわりに、冬に備えて根を伸ばしています。地面の上だけを見れば、何も起きていない木です。

人にも、そういう時期があるのだと思います。

差し出せる成果がない時期。報告できることがない時期。集まりで近況を聞かれて、ことばに詰まる時期。そういう時期を、止まっていた時間だと数えないでください。

根を伸ばしている木は、休んでいるわけではないのですから。

となりの木は、となりの速さで育ちます。あなたの木は、あなたの速さで育ちます。同じ庭でも、日の当たる時間はそれぞれ違うのですから。

近すぎたら、すこし離す。それだけで、光は入ります。
あなたの庭に、あなたの速さの秋が来ますように。
カヤ
ステラライフ Mind 自己受容・関係性担当
STELLA LIFE

ステラライフのプログラム

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本記事は、人との距離感や自己受容についての考え方を暮らしのヒントとしてお伝えするものであり、心理的な診断・治療・カウンセリングを目的としたものではありません。文中の研究の紹介は一般的な知見であり、特定の効果を保証するものではありません。人間関係のつらさや気分の落ち込みが長く続くときは、ひとりで抱えず、専門機関(かかりつけ医・自治体の相談窓口など)にご相談ください。

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