夜、ふと「私、何がしたかったんだっけ」と思う人へ。

夜、窓辺の小さな机で、灯りをともしてノートの前に座る人
夜、家のことがひと段落して、机の前に座りました。
小さな灯りをつけると、部屋の音が、すこし遠くなります。

その静けさのなかで、ふいに浮かんでくる言葉があります。
「私、何がしたかったんだっけ」。

今夜は、この言葉と一緒に、すこしだけ机に向かってみませんか。

01夜にだけ、聞こえてくる声があります

昼間のあなたは、たぶん、とても忙しくしています。

仕事のこと、家のこと、誰かへの返事。目の前のことをひとつずつ片づけているうちに、日が暮れていきます。

そして、夜。やることが途切れて、部屋が静かになった瞬間に、あの言葉がふっと浮かびます。

「私、何がしたかったんだっけ」

胸の奥が、すうっと下に落ちるような感覚。ちゃんと過ごしたはずの一日なのに、なぜかすこし、心もとない。

わたしにも、この時間があります。ノートを開こうとして、開けないまま、灯りだけをしばらく見ていた夜が、何度もあります。ペンのインクが、いつのまにか薄くなっていたことに気づいて、最後に自分のために書いたのはいつだったろう、と思った夜も。

まずお伝えしたいのは、この感覚は、あなたひとりのものではない、ということです。とくに、夏から秋へ移っていくいまの時期は、この声が聞こえやすくなる気がしています。夏のあいだ外へ向いていた気持ちが、涼しくなった夜風と一緒に、すこしだけ内側へ戻ってくるからかもしれません。

02それは「迷子のサイン」ではありません

「何がしたかったんだっけ」と思うと、わたしたちはつい、こう考えてしまいます。

自分を見失っているのかな。このままでいいのかな。まわりの人は、やりたいことをちゃんとやっているように見えるのに。

でも、ここで、すこしだけ捉え直してみたいのです。

暗い部屋で、小さな灯りをつけたときのことを、想像してみてください。灯りがつくと、部屋の奥に、まだ見えていない場所があることに気づきます。

見えない場所に気づけたのは、部屋が暗くなったからではありません。灯りが、ついたからです。

「何がしたかったんだっけ」という言葉も、同じだと思うのです。それは、心が迷子になった知らせではなく、心が自分の奥のほうを見ようとしはじめた知らせ。つまり、問いの入口に立った合図です。

道に迷った人の言葉ではなく、これから地図を広げようとしている人の言葉。そう捉え直すだけで、夜のあの感覚は、すこし違って見えてこないでしょうか。

考えてみれば、昼間のわたしたちは、外からの問いに答えつづけています。「今日中にできますか」「夕飯どうする?」「これ、どうしたらいい?」。どれも大事な問いですが、ぜんぶ、外から来る問いです。

「何がしたかったんだっけ」は、たぶん、その日に浮かんだ最初の、内側からの問いです。

一日の終わりに、ようやく自分の番が回ってきた。そう思うと、あの心もとなさの奥に、小さなノックの音が聞こえてくる気がします。

03答えを急がない、という問いの持ち方

とはいえ、です。

「じゃあ、私は何がしたいの?」と机に向かって腕を組むと、たいてい、何も出てきません。出てこないどころか、答えられない自分に、またすこしがっかりしてしまいます。

ここに、問いとの付き合い方の、静かな分かれ道があります。

わたしたちは学校で、問いには正解があるものだと教わってきました。問われたら、早く、正しく答える。それが良いことだと。

でも、心に向ける問いは、テストの問題とは別のものです。

正解がありません。締め切りもありません。今夜答えが出なくても、問いはどこへも行きません。明日の夜も、同じ場所で待っていてくれます。

問いを、尋問にしないこと

もうひとつ、大切なことがあります。同じ問いでも、向け方によって、まったく別のものになるということです。

「なんで私は、やりたいことがわからないの」。こう自分に問うと、胸の内側が、きゅっと固くなります。これは、問いのかたちをした尋問です。答えの席に、責められる自分が座っています。

「私は、何がしたかったんだっけ」。同じテーマでも、こちらは、となりに腰かけて聞いてくれる問いです。答えが出なくても、責められません。

問いは灯りだと書きました。灯りには、取調室のまぶしいライトもあれば、机の上の小さなランプもあります。心の奥がそっと顔を出してくれるのは、いつだって、後者のほうではないでしょうか。

だから、夜のノートに置く問いは、「なんで〜できないの」ではなく、「どんなときだったっけ」のかたちを選びます。それだけで、書きはじめる前の呼吸が、ずいぶん変わります。

ひとつの視点

問いは「解くもの」ではなく「灯すもの」。そんなふうに考えています。答えを出して消してしまうものではなく、心の部屋に、しばらく灯しておくもの。灯しているうちに、部屋の奥のかたちが、すこしずつ見えてきます。

04ノートとペンと、3分。問いをひとつだけ置く作法

では、今夜からできる、小さな作法の話をします。

用意するものは、ノートとペンだけです。スマホのメモでもかまいませんが、できれば紙をおすすめします。手を動かす速さが、心の速さと、いちばん近いからです。

作法は、とてもシンプルです。

ノートを開いて、一行目に、問いをひとつだけ書きます。

ひとつだけ、というところが肝心です。問いをいくつも並べると、心は入口で立ち往生してしまいます。灯りも、いくつも点けると、かえってまぶしくて、奥が見えなくなります。

問いをひとつ書いたら、3分だけ、手を動かしてみます。

なぜ3分なのか。短いからです。

「今日から毎晩30分、日記を書こう」と決めた夜のことを、覚えている方もいるかもしれません。立派な決心ほど、三日目の夜に重たくなります。3分は、お湯が沸くのを待つくらいの長さです。疲れた夜でも、その扉なら開けられます。

それに、3分という短さには、もうひとつのはたらきがあります。「ちゃんと書かなきゃ」が、入ってくる隙がないのです。

きれいな文章でなくていいのです。箇条書きでも、単語ひとつでも、「わからない」と書いてもいい。誰にも見せないページですから、文法も、字の美しさも、置いていきます。3分たったら、途中でもおしまいにします。

そして、書けない夜は、書かなくてもいいのです。問いを書いた一行を、ただ眺めて閉じる。それも立派な3分です。余白のままのページは、失敗ではなく、「今夜はまだ言葉になっていない」という、正直な記録です。

灯りの下で開いたノートの一行目に、問いをひとつ書きとめた手元

では、最初のひとつは、どんな問いがいいのでしょうか。

「私は何がしたいのか」。この大きな問いは、じつは最初の一行には、すこし重たいのです。大きな問いの前に、小さな問いから。今夜は、こんな問いを置いてみてください。

SHITSUMON

最近のわたしは、
どんなときに、ふっと息がゆるんでいたでしょうか。

声に出して読んでみると、わかると思います。この問いには、責める響きがありません。

この問いのやさしいところは、「これから」ではなく、「すでにあったこと」を聞いているところです。

未来のことは、わからなくて当然です。でも、息がゆるんだ瞬間なら、思い出せるかもしれません。お茶をいれて湯気を見ていた時間。帰り道に見上げた空。誰かとの、何気ないやりとり。

息がゆるんだ瞬間のなかには、「したかったこと」のかけらが、静かに混ざっています。

05書くことと心の整理には、つながりがあるようです

ここで、すこしだけ、書くことのはたらきにも触れておきます。

感じていることを言葉にして書き出す習慣が、気持ちの整理と関係している可能性がある。そんな報告をする研究があります。頭のなかでぐるぐると回っていたものを紙の上に置くと、心はそれを、すこし離れたところから眺められるようになる、という考え方です。

また、もやもやとした気分に「名前をつける」こと自体が、感情と距離をとる助けになるのではないか、という見方の研究もあります。

もちろん、書けばすべてが整う、という話ではありません。感じ方には個人差がありますし、研究にもいろいろな立場があります。

ただ、わたし自身の実感は、こうです。

書く前の「何がしたかったんだっけ」は、胸の中で鳴りつづける音でした。書いたあとのそれは、ページの上に置かれた言葉になりました。音は消えていないけれど、鳴っている場所が、胸の中から机の上へ変わった。その距離のぶんだけ、夜がすこし軽くなったのです。

そしてもうひとつ。書いたページは、あとから読み返せます。

一週間分の「息がゆるんだ瞬間」を並べて眺めると、そこに、うっすらと模様が浮かぶことがあります。ひとりで湯気を見ている時間が多いな、とか。誰かの話を聞いているときの自分が好きだな、とか。

その模様は、誰かに教わった「やりたいことの見つけ方」よりも、ずっと確かな手がかりだと、わたしは思っています。なにしろ、ぜんぶ、あなたの実際にあった時間から浮かんできたものなのですから。

06今夜の、小さな道具立て

最後に、今夜のための道具立てを、まとめておきます。特別なものは、なにもいりません。

今夜のノート習慣リスト

  • ノートとペンをひと組、机に出しておく(枕元でもかまいません)
  • 灯りは部屋全体ではなく、手元だけ。小さな灯りが、問いに合います
  • 一行目に、問いをひとつだけ書く
  • 3分だけ書く。書けなければ、眺めるだけでいい
  • 閉じるときに「今日はここまで」と、心のなかでひとこと

最近のわたしは、どんなときに、ふっと息がゆるんでいたでしょうか。

今夜の問いのカード|ノートの一行目に書き写して、3分だけ

思い出せたら、その場面をひとつ、短く書きとめます。「湯気を見ていたとき」くらいの短さで、じゅうぶんです。思い出せない夜は、問いを眺めて、そっと閉じてください。問いは、逃げません。

毎晩でなくて、かまいません。週に一度でも、思い出した夜だけでも。

ジャーナリングというと、続けることが目的のように聞こえますが、順番は逆だと思っています。机に向かいたくなる夜が、すこしずつ増えていく。それが、いちばん自然な続き方ではないでしょうか。

07今夜の灯り

夜にふと浮かぶ「私、何がしたかったんだっけ」は、あなたが空っぽになった知らせではありません。

心が、自分の奥を見ようとして、小さな灯りをつけた合図です。

答えは、今夜出なくていいのです。むしろ、急いで出さないでください。問いは解くものではなく、灯しておくものだからです。

夜の机の上で、小さな灯りがノートとペンをあたたかく照らしている

それでは、今夜の灯りを、ひとつ手渡して終わります。

机の上のノートの一行目に、この問いを。

「最近のわたしは、どんなときに、ふっと息がゆるんでいたでしょうか。」

3分だけ、灯りの下で。書けても、書けなくても、机に向かったその3分は、もう、自分の奥へ向かう散歩の一歩目です。

そして、書き終えてノートを閉じたら、どうか自分に、ひとことだけ。「今日も、聞きにきたね」と。その小さなねぎらいまでが、今夜の作法です。

問いはひとつ。灯りは小さく。答えは、急がない。
今夜のノートの余白が、あなたの心の余白に、なりますように。
トウカ
ステラライフ Mind 問い・内省担当
STELLA LIFE

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本記事は、問いやジャーナリングを暮らしのヒントとしてお伝えするものであり、心理的な診断・治療・カウンセリングを目的としたものではありません。文中の研究の紹介は一般的な知見であり、特定の効果を保証するものではありません。気分の落ち込みやつらさが長く続くとき、眠れない日が続くときは、ひとりで抱えず、専門機関(かかりつけ医・自治体の相談窓口など)にご相談ください。

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