夏、疲れの戻りが遅いと感じる人へ。

夏の朝、走り終えて木陰のベンチでひと息つき、やわらかな光のなかで水を飲む女性
七月の朝、まだ涼しいうちにと思って、走りに出ました。
去年と同じコース、同じくらいのペース。
なのに、走り終えたあとの「戻り」が、なんだかゆっくりなのです。

汗が引いて、呼吸が整って、いつもの自分に帰ってくるまでの時間。
その時間が、去年より少しだけ、延びている気がしました。

01夏の疲れより、「戻りの遅さ」が気になる

しっかり食べて、しっかり寝ている。それなのに、疲れたあとの回復が、前より時間がかかる気がする。

夏になると、こういう声をよくいただきます。疲れそのものより、疲れからの「戻り」がゆっくりになった、という感覚です。

朝はなんとか動けても、午後になると失速する。運動や仕事でぐっと使ったあと、翌日まで重さが残る。以前は一晩で戻っていたものが、二日かかるようになった。

おもしろいもので、疲れの「深さ」より、疲れの「戻りやすさ」のほうが、その人の今のコンディションをよく映すことがあります。同じだけ動いても、すっと回復できる日と、なかなか浮上できない日がある。その差が、季節や年齢とともに開いていくのを、多くの方が静かに感じ取っています。

これを「歳のせい」「夏バテ」とひとことで片づけてしまうのは、少しもったいないと思っています。体のなかでは、もう少し具体的なことが起きているからです。そして、その具体を知っておくと、打てる手が一気に増えてきます。

02かまどのなかで、火を運ぶ役がいます

以前このコラムで、細胞のなかにある小さな「かまど」の話をしました。エネルギーを生み出す、ミトコンドリアという器官のことです。

今日は、そのかまどのなかで静かに働いている、もうひとりの登場人物を紹介させてください。

その名前を、コエンザイムQ10(キューテン)といいます。体のなかにもともとある成分で、脂に溶けやすい性質を持っています。

かまどのなかでは、エネルギーを生み出すために、いくつもの小さな受け渡しが連続して起きています。手から手へ、バケツリレーのように「火のもと」を送っていくイメージです。

コエンザイムQ10は、このリレーの途中で、火のもとを次の手へと運ぶ役割を担っていると考えられています。専門的には「電子伝達系(でんしでんたつけい)」という道すじの、大事な運び手のひとつです。

バケツリレーは、どこか一か所でも受け渡しが滞ると、列全体の流れが遅くなります。走者のなかにひとり、動きの鈍い人がいると、後ろがつっかえてしまうのと同じです。運び手の数と元気さが、リレー全体のなめらかさを左右しているのです。

燃料(材料)がそろっていても、それを運ぶ役がいなければ、火はうまく次へつながりません。前回のコラムでお話しした、火をつけるための材料——ビタミンB群や鉄、マグネシウム。あれが「薪」だとすれば、コエンザイムQ10は、その火を絶やさず流していく「潤滑油」のような存在です。薪をくべるだけでなく、火をなめらかに送り続ける。両方がそろって、はじめてかまどは気持ちよく回っていきます。

ひとつの視点

疲れの戻りは、燃料の量だけでは決まらないのかもしれません。材料はあっても、それを火に変えて運ぶ流れがゆっくりだと、エネルギーはなかなか満ちてこないと考えられています。

03もうひとつの顔は、「さび」を防ぐこと

コエンザイムQ10には、火を運ぶこととは別に、もうひとつの顔があります。

それが、抗酸化(こうさんか)のはたらきです。「さびを防ぐ役」と言いかえると、イメージしやすいかもしれません。

私たちがエネルギーを作るとき、その副産物として、体をさびさせてしまう物質がどうしても生まれます。金属が空気にふれて少しずつさびていくのと、少し似ています。

夏は、この「さびのもと」が増えやすい季節とも言われています。強い日ざし、暑さのなかでの活動、寝苦しさによる休息の浅さ。体はいつも以上に働き、そのぶん火を焚き続けているからです。

コエンザイムQ10は、火を運ぶ現場のすぐそばで、この「さび」から体を守るはたらきがあると報告されています。とくに、脂に溶けやすい性質を活かして、細胞を包む膜のような「脂でできた部分」を、さびから守るのを助けると考えられています。

エネルギーを生む場所と、それを守る場所が、同じ人物のなかに同居している。ここが、この成分のおもしろいところです。火をどんどん焚けば、そのぶん、さびのもとも増えていく。だからこそ、焚くそばで守ってくれる役がいることに、意味があるのです。

回復という視点で見ると、これはとても大切なことです。かまど自体がさびついてしまうと、火の通りが悪くなり、燃やす力そのものが落ちていきます。さびを防ぐことは、めぐりめぐって「戻りやすい体」を保つことにつながっていく、と考えられています。

04歳とともに、静かに減っていくもの

もうひとつ、知っておきたいことがあります。

コエンザイムQ10は、体のなかで自分でも作ることができる成分です。ただ、その量は、加齢とともに少しずつ減っていくことが知られています。

若いころは、火を運ぶ役も、さびを防ぐ役も、たっぷりそろっていました。けれど年を重ねると、その手の数が、静かに目減りしていく。かつては大勢いた働き手が、少しずつ入れ替わりの追いつかない工房のようになっていく、と言えばイメージしやすいでしょうか。

そこへ、夏という消耗の多い季節が重なります。暑さのなかで体温を保ち、汗をかき、寝苦しさで休息が浅くなる。火をたくさん焚かなければならない時期に、運び手のほうは静かに減っている。その差を、私たちは「戻りの遅さ」として感じ取っているのかもしれません。

もうひとつ、少しだけ専門的な話を。コエンザイムQ10には、体のなかで実際に働ける「還元型(かんげんがた)=ユビキノール」と、その手前の状態である「酸化型(さんかがた)=ユビキノン」の、二つの姿があります。

健康な体では、酸化型を取り込んでも、体のなかで働ける還元型へと変えていけると考えられています。年齢や体調によって、この変換のしやすさには個人差があるとも言われています。数値ひとつで決まるものではありませんが、体は思っている以上に、たくさんの言葉で状態を教えてくれています。

SHITSUMON

この夏のあなたの体は、
「もっと燃やして」と言っていますか。
それとも「火を、そっと守って」と言っていますか。

05食卓で、火を運ぶ役を呼び戻す

ここからが、今日いちばんお伝えしたいところです。

コエンザイムQ10は、特別な成分のように聞こえますが、じつは日々の食べものにも含まれています。まずは食卓から、そっと呼び戻していくのがいちばん自然だと思っています。

コエンザイムQ10を含みやすい食材

  • いわし・さば・まぐろ(青魚に比較的多く含まれます)
  • 牛肉・豚肉(赤身やレバー)
  • くるみ・アーモンド・ピーナッツ(ナッツ類)
  • 大豆・納豆・豆腐(大豆製品)
  • ブロッコリー・ほうれん草(野菜からも少しずつ)

青魚を焼く。冷奴に納豆を添える。おやつを、ひとつかみのナッツにしてみる。どれも、夏の食卓にすっと馴染むものばかりです。特別な食材を探しに行かなくても、いつものスーパーで手に入るものばかり、というのが、なんだかうれしいところです。

ひとつの食材にたくさん含まれている、という成分ではありません。だからこそ、あれこれ少しずつ、いろいろな顔ぶれを食卓に並べてあげるのが、いちばん現実的です。今日は青魚、明日は納豆と豆腐、おやつにナッツ。そんなふうに、日替わりでゆるく回していくくらいでちょうどいいと思っています。

ひと工夫。「脂」と一緒に、が合言葉

コエンザイムQ10は、脂に溶けやすい性質を持っています。そのため、良質な脂と一緒にとると、体に届きやすくなると考えられています。

たとえば、青魚をオリーブオイルでソテーする。サラダに、ナッツとオイルをひとまわし。脂を「悪者」にせず、質のよいものを少し添えてあげる。それだけで、せっかくの食材が生きてきます。

私はここ数年、大阪の夏を走りながら、回復のゆっくりさを少しずつ感じるようになりました。走ったあとの食卓では、いわしやさばに、オリーブオイルをひとたらしするのが定番になっています。いつか地中海の海辺で、こういう食事をゆっくり続けられたらいいな——そんな景色を思い浮かべながら、今日の一皿を整えるのが、ささやかな楽しみです。

受け取る側の胃腸も、いたわってあげる

もうひとつ。せっかく食材を選んでも、それを受け取る胃腸が弱っていると、うまく取り込めないことがあります。

夏は、冷たい飲みものや冷たい麺が続いて、知らないうちに胃腸が冷えてしまいがちです。おなかが冷えると、消化や吸収の力が落ちて、材料を体のなかまで運びにくくなると考えられています。

冷たいものを、まるごと我慢する必要はありません。ただ、一日のどこかで温かいスープや味噌汁をはさむ。それだけで、食材を受け取る側の準備が、そっと整っていきます。何を食べるかと同じくらい、どう受け取れる体でいるか。そこも、静かに気にかけてあげてください。

06サプリを考える前に、知っておきたいこと

コエンザイムQ10は、サプリメントとしても親しまれている成分です。気になる方も多いと思うので、少しだけ触れておきます。

まず大前提として、サプリは食事の代わりではありません。そして、飲めば疲れが消える、という魔法でもありません。あくまで、食卓で足りない分をそっと補う「選択肢のひとつ」として考えるのが、健やかな付き合い方だと思っています。

また、脂に溶けやすい性質があるため、もし取り入れるなら、食事と一緒のタイミングのほうが体に届きやすいと考えられています。空腹時にぽつんと飲むより、食後がなじみやすい、というくらいの目安です。

そして、変化はゆっくりです。今日飲んで明日すっきり、という類のものではありません。数字や体感がすぐに動かなくても、焦らないでいただけたらと思います。土台を整えることは、いつだって、じんわりと時間をかけて効いてくるものだからです。

先ほどの還元型(ユビキノール)と酸化型(ユビキノン)でいうと、体のなかで変える手間がないぶん、還元型のほうが取り込みやすいとされることがあります。ただ、どちらが自分に合うかは体調や年齢によっても変わるため、一律に「これが正解」とは言い切れません。

気をつけたいこと

コレステロールを下げるお薬のなかには、体内でのコエンザイムQ10の合成に影響するものがあると言われています。お薬を飲んでいる方は、自己判断でサプリを足したりせず、必ずかかりつけの医師や薬剤師にご相談ください。

持病のある方、通院中の方、妊娠中・授乳中の方も、同じです。よかれと思って始めたことが、思わぬかたちで体に影響することもあります。迷ったら、まず専門家に一度たずねてみる。その一手間が、いちばんの安心につながります。

07火を絶やさない夏へ

もう一度だけ、お伝えします。

夏の「戻りの遅さ」は、あなたが怠けているからでも、気合いが足りないからでもありません。
体のなかで火を運ぶ役が、加齢や季節のなかで、少しだけ手薄になっているのかもしれない——そう捉えるだけで、責める気持ちがふっとほどけていきます。

できることは、そんなに大げさではありません。青魚やナッツ、大豆を食卓に呼ぶ。良質な脂を、少しだけ添える。そして、火をさびさせないように、休息と睡眠で体をいたわる。

ひとつずつは、ほんの小さな選択です。けれど、火を運ぶ役をそっと支える小さな習慣は、この夏をやわらかく越えていく、確かな足場になってくれると思っています。

大きな一手で一気に変えようとしなくて、いいのです。今日の食卓に青魚を一尾。オイルをひとまわし。温かい汁ものを一杯。そんな小さな選択を、無理のない範囲で、ゆるく続けていく。戻りの遅さを責めるのではなく、戻ってくる体をそっと支える側に、まわってあげる。それだけで、夏との付き合い方は、ずいぶん変わってくるはずです。

夏の夕暮れ、涼しくなった時間に軽やかな足取りで川沿いを歩く女性の後ろ姿

走り終えて、木陰でひと息つく。
戻ってくる時間が、去年より少し延びていても、いいのです。

火を焚き続けてくれている体に、「今日もありがとう」と、そっと一皿を返す。
その積み重ねが、来年の夏の自分を、静かに支えてくれる気がしています。

夏は、自分のなかの「火」を、燃やしすぎず、消しすぎず。
ちょうどいい温度で守ってあげる季節。
そう思うと、暑さとも少しだけ、やさしく付き合えそうです。
FOR YOU

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カキノキ カズタカ
分子栄養カウンセラー / ステラライフ Health Compass
本記事は、分子栄養学の一般的な知識を、暮らしのヒントとしてお伝えするものです。特定の病気の診断・治療・予防を目的としたものではありません。また、特定のサプリメントの効果を保証するものでもありません。強いだるさや息切れ、動悸が続くときは、自己判断せず、必ず医師の診察を受けてください。サプリメントを試される場合も、現在通院中の方、お薬を服用中の方、妊娠中・授乳中の方は、必ずかかりつけの医師や薬剤師にご相談ください。