夏、食べているのにだるい人へ。

夏の朝、やわらかな光の差す食卓で、冷たい麦茶と一皿の朝ごはんに向かう女性
夏の朝、走り終えて自動販売機の前に立つと、つい冷たくて甘い一本に手が伸びます。
飲んだ直後は、生き返る心地がします。

でも、しばらくすると、かえって体が重くなって、机に向かってもぼんやりしてしまう。
ちゃんと食べているのに、なぜか力が出ない。

毎年この時期、多くの方から届くのが、この「食べているのに、だるい」という声です。

01「夏バテ」「食べ過ぎ」では、ないかもしれません

しっかり食べているのに、午後になるとまぶたが重い。甘いものを口にした直後は元気なのに、少しすると、かえってだるくなる。冷たい麺やアイスばかりで、なんとなく力が湧いてこない。

こういう感覚を誰かに話すと、「夏バテでしょう」「食べ過ぎじゃない?」と、軽く流されてしまうことがあります。

でも、これは我慢や気合いの問題ではありません。口にしたものが、体のなかで「エネルギーに変わりきっていない」——そう捉えると、ずいぶん景色が変わってきます。

今日は、口にした糖(とう)が、どうやって体を動かす力になっていくのか。その道すじを、いっしょにゆっくりほどいていきたいと思います。

02口にした糖は、どこへ向かうのか

ごはんやパン、果物や甘いもの。これらはおもに「糖」で、体のなかで分解されると、いちばん小さな単位であるブドウ糖(グルコース)になります。

このブドウ糖が、私たちが動くための、いちばん身近な燃料です。

ただ、ブドウ糖はそのままのかたちでは使えません。体が実際に使える「エネルギー通貨」に、いったん両替する必要があります。この通貨のことを、ATP(エーティーピー)と呼びます。

呼吸をするのも、考えごとをするのも、指先ひとつ動かすのも、すべてこのATPという通貨で支払われています。体じゅうのどこでも使える、共通のコインのようなものだと思ってください。

では、ブドウ糖はどうやってATPに両替されるのでしょうか。じつはそれは、一気にではありません。三つの持ち場を順に通りながら、少しずつていねいに引き出されていきます。

なぜ、わざわざ段階を分けるのでしょう。もし一度に燃やしてしまうと、エネルギーが熱として一気に逃げてしまい、体は使いこなせません。少しずつ、階段を降りるように受け渡すからこそ、無駄なく通貨にためていける。体は、思っている以上にていねいな作りかたをしているのです。

03糖は「三つの持ち場」を、順に通っていく

口にした糖がエネルギーになるまでには、大きく三つの工程があります。バトンを手渡ししていくリレーのように、前の持ち場が次の持ち場へ、少しずつ受け渡していくイメージです。

一つ目の持ち場:解糖系(かいとうけい)

最初の持ち場は、解糖系(かいとうけい)です。細胞のいちばん手前で働く、素早い持ち場です。

ここでブドウ糖は半分に割られ、小さなかけら(ピルビン酸)になります。酸素がなくても回せるのが特徴で、すぐに動けるかわりに、取り出せる通貨はごくわずか。急に全力で走り出すような場面で頼りになる、瞬発力の持ち場です。

このとき、割られたかけらと一緒に、電子を積んだ「運び手」も生まれます。これは、次の持ち場へエネルギーの素を届けるための、小さな配達係のようなものです。手前の持ち場は、この運び手を奥へ送り出すところまでが役目になります。

二つ目・三つ目の持ち場:奥の工房「ミトコンドリア」

残りの二つの持ち場は、細胞の奥にある「ミトコンドリア」という、エネルギーづくりの専門の工房で行われます。

二つ目が、クエン酸回路(クエン酸かいろ)。手前の持ち場から届いたかけらを受け取り、ぐるりと一周まわしながら、電子を積んだ「運び手」を次々に送り出します。

三つ目が、電子伝達系(でんしでんたつけい)。ここが、いちばん大きなエネルギーを生む本命の場所です。運び手が届けた電子を段階的に受け渡していき、その勢いを使って、ATPという通貨をまとめて作り出します。最後に電子は酸素と結びついて、水になります。私たちが呼吸で酸素を取り込むのは、じつはこの最後の持ち場のためでもあるのです。

ここで気づいていただきたいのが、体には「速いけれど少ない道」と「ゆっくりだけれど大きい道」の、二つの道があるということです。手前の解糖系は、酸素がなくてもすぐ動ける、速いけれど実りの少ない道。奥のミトコンドリアは、酸素と道具がそろってはじめて回る、時間はかかるけれど実りの大きい道。日々の暮らしを支えているのは、じつは後者の、大きいほうの道です。夏のだるさで細りやすいのも、この奥の道のほうだと考えられています。

POINT

この三つがきちんとつながると、たった一つのブドウ糖から、およそ30個ぶんものエネルギー通貨が生まれるとされています。手前の持ち場だけなら、取り出せるのはほんの数個。奥の工房まで受け渡しが届いてはじめて、大きな力になるのです。

04受け渡しを支える「道具」と、夏の落とし穴

ここで、いちばん大事なお話をします。

この受け渡しは、糖という材料さえあれば勝手に進む、というものではありません。それぞれの持ち場には、作業を進めるための「道具」が要ります。

その道具にあたるのが、補酵素(ほこうそ)——栄養を働かせるための、補助役の栄養素たちです。

中心になるのが、ビタミンB群です。たとえばB1は、糖を最初に受け渡すところで欠かせない道具として知られています。B2やB3(ナイアシン)は、運び手が届けた電子をあつかう奥の持ち場で活躍します。B6は、糖だけでなく、たんぱく質をあつかう場面でも働く働き者です。こうしたB群の仲間たちが、それぞれの持ち場で受け渡しを助けています。

そして、その働きをさらに支えるのが、マグネシウムです。エネルギー通貨であるATPは、じつはマグネシウムと組んではじめて、体のなかで使いやすいかたちになるとされています。縁の下で、受け渡し全体をそっと支えているミネラルです。

つまり、糖という材料がたっぷりあっても、この道具が足りないと、受け渡しが途中でつかえてしまいます。「食べているのに、力にならない」の裏側には、こういう事情が隠れていることがあると考えられています。

そして夏。この道具たちは、じつは夏にいちばん心もとなくなります。ビタミンB群もマグネシウムも水に溶けやすく、汗と一緒に流れ出やすい栄養素だからです。

おまけに暑さで食が細ると、そうめんや冷たい麺だけで済ませがちになります。糖ばかりが入ってきて、それを回すための道具が入ってこない——夏に「食べているのにだるい」が増えるのには、こういう背景があると考えられています。

もうひとつの落とし穴。血糖の「乱高下」

もうひとつ、夏に多いのが、血糖(けっとう=血液の中のブドウ糖)の「乱高下」です。

冷たくて甘い飲みもので糖を一気に入れると、血糖が急に上がって、そのあと急に下がりやすくなります。この下がったタイミングで、強い眠気やだるさを感じることがあると言われています。

甘いものを口にした直後は元気なのに、しばらくするとかえってぼんやりしてしまう。あの感覚の正体が、この急な上がり下がりです。急いで入れた糖ほど、うまく力に変わりきらず、乱れだけを残していきやすい、とも言えます。

やっかいなのは、血糖が急に下がると、体はまた甘いものを欲しがりやすくなる、という点です。だるいから甘いものへ手が伸び、それでまた乱れる。夏の暑さのなかで、この小さな輪から抜けにくくなっている方は、けっして少なくありません。

SHITSUMON

この夏のだるさは、
「もっと食べなさい」なのでしょうか。
それとも「回すための道具を、そえてね」なのでしょうか。

05つらいときの、もう一つの手

土台は、あくまで日々の食事と休み方です。そのうえで、胃腸がへばって「食べたものが力にならない」ときの選択肢として、漢方があります。どれが合うかは体質によって変わりますので、必ず漢方薬局や、漢方に詳しい医師にご相談ください。

半夏瀉心湯

はんげしゃしんとう

みぞおちがつかえて、お腹がゴロゴロする。食欲が落ちる。冷たいものの摂りすぎで、胃腸の調子が上ずってしまったようなときに用いられてきた処方です。胃腸の高ぶりをそっとしずめ、めぐりを整えていくと考えられています。

啓脾湯

けいひとう

もともと胃腸が弱く、食べたものが十分に力にならない。軟便になりやすい。そんな消化力の心もとない方に向くとされる処方です。弱った胃腸をやさしく立て直し、栄養を受け取る土台を支えてくれると考えられています。

平胃散

へいいさん

食べ過ぎ・飲み過ぎで、胃が重い、もたれる。夏の冷たいものやごちそうで、胃に余分なものが停滞したようなときに使われてきた処方です。胃のはたらきを整えて、重さをそっと軽くしていくと考えられています。

※「夏のだるさ」だから一律にこれ、というわけではありません。ご自身で決めず、専門家に相談しながら選んでいただくのが、いちばんの近道だと思います。

06食卓でできること

大きな一手をさがすより、小さな整えを積み重ねるほうが、夏の「食べているのにだるい」には確かな近道になります。ポイントは、糖を回すための「道具」を、糖と一緒に届けてあげることです。

夏の受け渡しを支えてくれる食材

  • 豚肉・うなぎ・玄米・大豆(ビタミンB1を届けやすい)
  • 卵・納豆・レバー(B2をはじめ、B群をまとめて補いやすい)
  • かつお・まぐろ・鶏むね肉(B6やたんぱく質を補いやすい)
  • 海藻・ナッツ・ごま・大豆製品(汗で失われるマグネシウム)
  • 枝豆・豆腐・味噌汁(たんぱく質とミネラルを、やさしく一緒に)

もうひとつ。甘いものと、上手につきあう

甘いものを、無理に我慢しなくていいのです。ただ、入れ方を少し変えるだけで、血糖の急な上がり下がりはゆるやかになりやすいと言われています。

空腹のまま冷たい甘い飲みものを一気に、をなるべく避ける。先に少したんぱく質やお野菜を口にしてから、甘いものへ。冷たい麺の日には、卵や豚しゃぶ、納豆をひと品そえる。おやつは、単体よりも、ナッツやヨーグルトと一緒に。

「甘いもの=我慢」ではなく、「甘いものと、道具や仲間を一緒に」。そう考えると、夏の食卓がずいぶん軽くなります。

朝のひかりと、夕方のひと歩き

私は大阪で暮らしていて、夏の朝は、まだ涼しいうちに走るようにしています。以前は、走り終えたあと冷たくて甘い一本だけで済ませてしまい、午後にどっと重くなる日が続きました。

バナナやおにぎりに、ゆで卵をひとつ足すようにしてから、そのだるさがずいぶん軽くなった気がします。急いで糖だけを入れるより、道具や仲間を一緒に、のほうが、体はずっと素直でした。

体を軽く動かすこと自体も、糖をエネルギーに変える力を支えると考えられています。日が傾いて涼しくなった夕方に、無理のない距離をひと歩き。それだけでも、体のなかの受け渡しは、めぐりやすくなっていきます。

夏の夕暮れ、涼しくなった時間に川沿いを静かに歩く女性の後ろ姿

07だるさを、気合いで押し切らない夏へ

もう一度だけ、お伝えします。

夏の「食べているのにだるい」は、あなたの心が弱いからではありません。
糖を回すための道具が、夏の汗で少し足りなくなっている。急いで入れた糖が、うまく力に変わりきれずにいる。多くは、ただそれだけのことなのです。

道具を、食卓で糖と一緒に届ける。甘いものは、入れ方を少し変える。朝は光を浴びて、夕方にひと歩き。そして、つらいときには、漢方の手も借りる。

口にした糖が、ちゃんと力に変わっていく。その静かな受け渡しを、そっと後押ししてあげる。
それが、この夏をいちばん軽く越えていく近道かもしれません。

夏は、口にしたものが「力に変わる道すじ」に、そっと目を向ける季節。
そう思うと、暑さのなかの一皿も、少しだけいとおしく見えてきます。
FOR YOU

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カキノキ カズタカ
分子栄養カウンセラー / ステラライフ Health Compass
本記事は、東洋医学および分子栄養学の一般的な知識を、暮らしのヒントとしてお伝えするものです。特定の病気の診断・治療・予防を目的としたものではありません。強い倦怠感や食後の強い眠気、血糖の乱れが気になるときは、自己判断せず、必ず医師の診察を受けてください。漢方薬やサプリメントを試される場合も、現在通院中の方や妊娠中の方は、必ずかかりつけの専門家にご相談ください。